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近況報告(宮城県

どうも ぱんです

近況報告をさせていただきます。
東日本大震災から今までの報告をば。

震災直後
仕事中でしたが、店に居た全員が初めの揺れで異常を感じ、患者様を連れて屋外退避
10分ぐらいに感じる長い間、揺れまくり。
電柱がまるでダンシングフラワーのように揺れていつ折れて倒れて来るかわからない状況

揺れが収まった後は店舗に入り仕事続行。
めちゃくちゃになった店内を片付けつつ、来局される患者様の処方箋を受け取りながら、来週とりに来て頂けるようにお願い

上層部からの連絡で帰れるようになったのが4時過ぎ
そこからは店舗スタッフは解散し、月曜にまた会えることを誓う

とりあえず情報が入らない
あれだけの揺れだったのになぜか一軒も倒れていない震度7の築館
ただ電気はつかない、雪は降ってくる、超寒い中
近所のセブンイレブンの店長さんの英断で店内すべての商品の即売が始まる
水分と軽食を買い込み、被災している知り合いの老人宅へ配って回る

そして日が落ち、辺り真っ暗
電池切れ寸前の携帯TVを1時間ごとに3分ずつ付けて情報を得る
気仙沼の火事やらなんやら
この間も絶え間なく続く揺れ
そのたびに玄関のドアを開け雪が降りしきるなか揺れが収まるのをまつ
これを明け方まで続ける。

2~3日目
幸いの天気
朝、周囲を徘徊していたところを、ビジネスホテルの社長に拾われる(飲み友達
2日目と3日目をビジネスホテルでボランティアしながら生活する
とにかく初動の問題はろうそくと水だった
LED懐中電灯は最強だった
そして、単一電池は被災地では真っ先になくなることを知る
普段高くて閉口していたプロパンガスのありがたみをしる(無くなるまでは使える)

ビジネスホテルは震災直後も運営中。報道やら電力関係者やら、多くの人が出たり入ったり
電力の人は本当によく働いていた
少ない食糧で朝4時から夜12時近くまで
全員東北人なのにもかかわらず、家族に連絡も取れないのに、復興に一生懸命だった

4日目
震災後初出勤。住まいを知り合い宅へ移動
このころには街は大方平穏をとりもどすが、これは第一次ガソリン戦争前の静けさにすぎなかった

5~8日目
この週は第一次ガソリン戦争と灯油争奪戦が繰り広げられ、町内中を車の列が横断した
日中、夜間とオイルを求める人々の怒号が飛び交う。
せめてもの救いは晴れたことだが、雪は降る、深夜の寒さは壮絶なものだった
沿岸部に比べ被害の少ないこの地区は救援が遅れるとのうわさもあり、なかなかの騒ぎとなった。

まぁ大方仕事をしていたので巻き込まれることはなかったのだが

そして今週に至るわけだが

目下被災地にたりないもの

全体的に足りないもの
ガソリン 灯油 
沿岸部で足りないもの
水、情報(受信できるものが避難所以外でない)、暖をとるもの、温かい食事、薬、衛生管理出来るもの(消毒液など)
内陸部で足りないもの
電気(通っていないところ)、たんぱく質(主に肉、納豆)

沿岸部も地域によっては無事な所もあり、状況は様々
色々と落ち着いてくると、沿岸部でもたんぱく質の不足は問題になると考えられる
仙台についてはカップめんが3食を占める人も多い
ビタミン系の物などを送って頂くのも有りかと

原発の問題はあるが、沿岸部はそれどころではない
シャワーなんて浴びれるかっていうのが現状
寧ろ防護服になりそうな雨合羽や、暖をとれるほっかいろ、替えのきく肌着を送って頂いた方がいいかもしれない

最後になりましたが、わたしは元気です
なんとかなっていますのでご心配なく
余震がこなければ大丈夫だと思います

ではではノシ
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by howahowapan | 2011-03-21 15:23 | Dな日々