考え方とか

どうも ぱんです

昨日一日中ねちったっ(てへ
今日は色々とがんばろー

んでその前にちょっと語りにきました
メッセのニュース読んでて思ったこととか
長くなると予想されますので隠します
気になればオープンしてちょ




いじめについてです
いじめの再生産って記事読んだんですけど。いじめたことある人もいじめたことない人もそれぞれ9割近くにのぼるという記事。要は自分がいじめにあいたくないからいじめるっていう自己防衛みたいです。

そもそもいじめってのはこう、集団が出来ると自然に生まれてしまうんでしょうなぁ。自分たちとは違うものを排除するっていう。集団において一定の秩序は大事ですから、それを乱す存在は排除するのが一番手っとり早いですからねぇ。
んでもう一つの発生原因は、大抵いじめる側は余裕がなかったり、あるいはいじめる側が不幸な状態だからこそ、自分よりも弱い存在を生みだしてそこに当たることで、「ああ、自分よりももっとみじめな奴がいるんだ」という優越感で自分を保とうとするっていう。
結局いじめる側の方が哀れなんでしょうけど、学校のような社会がクローズしているところではいじめられる側はたまったものではないわけで。
学校が自分をとりまく環境すべてみたいに思いこんじゃうんですよね。まだ子供だし。視野も広くないですから。そんなところで四面楚歌になったら、そりゃ「俺はこの世にいちゃいけないんじゃないか。てか逃げ場所なくね?」ってなるわけで。周りに気持ちの持っていきかたを説いてくれる存在がいるか、あるいは生まれながらの自己愛者なら別ですけど、普通の心理じゃもたないよなぁ。

いじめられる方にも原因があるっていう台詞をよく聞きますけど、それは一理あるんですよ。だって集団から逸脱してしまった行動をおそらくどの段階かでとっているわけですから。勿論いい、悪いは別にしてです。
そしていったん逸脱してしまった後、いじめられる側がどう考えるかが今後を左右するんですよね。
一つはその集団の秩序に迎合するか。もう一つは我を通すか。前者だとスキルとして社交性(笑)が身に付くでしょうし、後者だとプライドが形成されるきっかけになるんでしょうしね。

ぶっちゃけた話、いじめられたとしても、世間は広いから、どっかには自分とめちゃくちゃ馬のあう人間がいるわけで。いつかそんな奴と出会えるさ、ぐらいの気持ちでゆったり構えるのが正解だと思うんですよ。あるいは、いじめている側が変わってくることもあるし。結局時が解決するんですよね。小学校時代にいじめてた奴を中学までおいかけていっていじめたりする暇な奴はなかなかいないですからね。あんまり粘着質にやってると逆にそいつが排除対象になりかねないし(笑)

まぁ結論として何が言いたいかというと、死ぬほどのことではないってことで。
それこそナイフもって突き立てられるってんなら、それはいじめじゃなくて傷害事件で別次元の話になるわけですけど。そうじゃないなら、大抵のことは経験として割り切っていけばいいと思うんですよね。いじめられるには原因があって、それはなんなのか色々な面から考えることは相手の心理を読む訓練にもなるし、自分を見つめなおすきっかけにもなるし。そういうのめんどくさかったら、いじめられ期間中は外界遮断して趣味とか勉強とか自分磨きに時間費やせばいいし。自分のレベルを上げるとお付き合いする人のランクもあがりますから。

わたしも結構いじめられてたんですけど、相手を舐めた態度と気が強いのとで、いじめられててもいじめと認定されない場合が多かったです。集団でいじめてくる奴らに頭がきて、そのまとめ役を砂場に投げ飛ばして帰ってきたら担任に相当怒られた記憶があります(笑)
あんまり自分は強いんだって周りに示しちゃうと誰も助けてくれなくなりますから注意が必要です(げらげら

まぁそんな感じでぐだぐだですけど
書いておきたくなったので
ではではノ
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by howahowapan | 2010-07-04 11:13 | Dな日々